常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)診療指針-2002年改訂版

 

厚生労働省特定疾患進行性腎障害調査研究班
多発性嚢胞腎分科会

 最近の分子生物学の発展によって常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の原因も分子生物学的に解明されつつありますが、まだ治療に結びつくまでには至っていません。1991年に黒川清前班長がADPKDを特定疾患進行性腎障害調査研究班の研究対象疾患として取り上げられて以来、多発性嚢胞腎分科会では本邦に於けるADPKD患者数、腎機能の予後調査、遺伝子解析などに取り組んできました。その結果、患者数の推定、それまで教科書に書かれていたよりは良好なADPKDの腎機能予後、諸外国とほとんど同じようなPKD1とPKD2遺伝子異常の割合、などが判りました。
 さらに堺秀人班長の時以来、前向きの介入研究として、高血圧の治療にCaチャンネル拮抗薬とアンジオテンシン受容体阻害薬のいずれがADPKDに於いて腎保護作用があるのかという臨床研究に取り組んで来ました。この研究は、全国レベルでの公開応募、前向きの介入試験、そして無作為割り当て研究として行っています。現在ある程度の症例数も集積されつつあり、最終結果がADPKDの治療に役立つことを期待しています。
 降圧剤の研究と平行して、ADPKD診療指針の作製にも取り組んで参りました。何回かの分科会での検討会と、斑全体での検討会を経て、本診療指針を作成いたしました。実地に診療する医師を念頭に本診療指針は作製されています。診療にとって現実的で、患者さんにとって有益な指針となるよう心がけましたが、まだ不完全な点もあると思います。医学の進歩と診療に携わる皆様のご意見により、今後さらに充実した指針になるよう希望しています。

2002年2月

多発性嚢胞腎分科会長 東原 英二


【1】常染色体優性多発性嚢胞腎とは?

常染色体優性多発性嚢胞腎(Autosomal Dominant Polycystic Kidney Disease, ADPKD)は、両側の腎臓に多数の嚢胞が生じる疾患。通常は常染色体優性遺伝する疾患であるが、家系に本疾患が存在せず新たに発症する場合もある。

【2】同義語

多発性嚢胞腎(Polycystic Kidney)には嚢胞腎の用語も用いられている。嚢胞腎はCystic Kidneyに対応する日本語であり、英語を基本とすれば多発性嚢胞腎が正しい日本語と考えられる。多発性嚢胞腎には、常染色体優性多発性嚢胞腎と常染色体劣性多発性嚢胞腎(Autosomal Recessive Polycystic Kidney Disease, ARPKD)とがある。前者を成人型、後者を幼児型と呼ぶこともあるが、成人型・小児型という名称は不適切であり使われなくなりつつある。この診療指針ではADPKDを扱う。

【3】診断基準

ADPKDの診断は表1に示した診断基準に基づく。

表1:ADPKDの診断基準

1)家族内発生が確認されている場合 超音波断層像で両腎に嚢胞が各々3ケ以上確認されるもの。
CTでは、両腎に嚢胞が各々5ケ以上確認されるもの。
2)家族内発生が確認されていない場合 @15歳以下では、CT又は超音波断層像で両腎に各々3ケ以上嚢胞が確認され、以下の疾患が除外される場合。

A16歳以上では、CT又は超音波断層像で両腎に各々5ケ以上嚢胞が確認され、以下の疾患が除外される場合。

除外すべき疾患
多発性単純性腎嚢胞  multiple simple renal cyst
尿細管性アシドーシス  renal tubular acidosis
嚢胞性異形成腎  cystic dysplasia of the kidney
多房性嚢胞腎  multicystic kidney
多胞性腎嚢胞 multilocular cysts of the kidney
随質嚢胞腎  medullary cystic kidney
後天性萎縮化腎嚢胞 aquired cystic disease of the kidney

補足1:【ADPKDの診断】両側の腎臓が腫大し、大小無数の嚢胞が超音波断層像、あるいはCTで示されることが必要である。家族歴、症状の項で記した他の臓器の嚢胞などがあれば、診断はより確かとなる。

補足2:【遺伝子診断】遺伝子診断でその家系がPKD1かPKD2かを区別することが可能であるが、ある程度の家系構成員が集まる事が前提であり、また区別が出来ない場合もある。患者個人がADPKDであるかどうかの診断を遺伝子診断で行うのは困難である。

補足3:【小児】有効な治療方法がない現時点では、小児に対する診断を積極的に行う根拠はない。何歳から診断を行うかについては明確な年齢基準はないが、高血圧、腎不全に伴う症状、その他のADPKDに伴う症状があれば、診断の対象とする

【4】重症度分類

ADPKDの重症度分類は表2により腎機能を中心に行われている。

表2:多発性嚢胞腎の重症度判定基準
重症度区分:腎機能(血清クレアチニン値で代用)を基本とし、頭蓋内動脈瘤・頭蓋内出血・腹部膨満等を加味して重症度を判定する。

血清クレアチニンによって、以下の如く重症度を判定する:

1度 2mg/dl未満
2度 2mg/dl以上〜5mg/dl未満
3度 5mg/dl以上〜8mg/dl未満
4度 非透析で、8mg/dl以上。
5度 透析を導入、または腎移植を受けているもの
以下のものは、1度重症度を進める:
頭蓋内出血の既往があるもの
頭蓋内動脈瘤のあるもの
頭蓋内動脈瘤の手術を受けたもの
腹部膨満が著明で、日常生活に支障を来すもの
腎臓摘出術あるいは肝臓部分切除術を受けたもの


重症度は5度を最高とする。
補足:この重症度分類は、治療や予後予測を目的としたものではなく、患者のその時点の重症度を評価するために作製されたものである。

【5】一般的注意

診療に当たっては患者と家族のプライバシーの保護に留意するべきである。

【6】ADPKDと診断された場合に行う検査

A:必須の検査
以下の検査を行うことが必要である。
1)家族歴の聴取:腎疾患患者の有無、頭蓋内出血・脳血管障害患者の有無。
2)既往症の聴取:脳血管障害・尿路感染症。
3)自覚症状の聴取:肉眼的血尿、腰痛・側腹部痛、腹部膨満、全身倦怠感、頭痛、浮腫、嘔気など
4)身体所見:血圧測定。心音、腹部所見、浮腫の有無、等に注意を払う。
5)血液尿検査:血算、血液生化学(総蛋白、アルブミン、Na, K, Cl、尿酸、尿素窒素、クレアチニン、等)。尿検査一般、尿沈渣。
6)画像検査:超音波検査(腹部)、コンピューター断層撮影(CT)。

B:適宜行う検査
以下の検査は必要に応じて適宜行う。
・血液尿検査:Ca, Pi, 動脈血ガス分析。24時間蓄尿による腎機能の評価。
・身体所見:鼠径ヘルニア、にも注意を払う。
・画像検査:核磁気共鳴断撮影(MRI)、心臓超音波、注腸検査

補足:画像検査の評価
・超音波断層法:ADPKDの診断と評価の為の基本的画像検査法。
・CT:ADPKDの診断と評価の為の基本的画像検査法。
・MRI:超音波検査、CT の補助的検査として用いる。
・頭部MRアンジオグラフィー:頭蓋内動脈瘤のスクリーニングに有用である。
・排泄性腎盂造影法:ADPKDの診断のために行う検査方法ではない。結石等の尿管の通過障害が疑われるときには選択肢となるが、腎機能が低下した患者では診断的価値は少ない。
・腎動脈血管造影法:侵襲的検査法であり、診断のためには他の手段があるので、特殊な例外を除いて行うべき検査方法ではない。
・心臓超音波:心臓弁の異常・逆流の有無の検査を行うのに適している。
・注腸造影:臨床的に大腸憩室が疑われる場合に行う。

【7】治療

1)高血圧の治療
外来診察室で座位にて測定した血圧が130mmHg/85mmHg未満になるよう降圧療法を行う。基本的に、日本高血圧学会高血圧治療ガイドラインに従って治療を行う。

補足1:ADPKDにおいてもアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤で尿中アルブミンが減少し、左室負荷が緩和されるという報告がある。アンギオテンシンII受容体阻害剤の有用性について厚生労働省特定疾患進行性腎障害調査研究班で現在検討中である。
補足2:ループ利尿薬は低カリウム血症が腎嚢胞の進展に関与するとされているので、注意が必要である。

2)頭蓋内出血の予防
頭蓋内出血の危険因子として、頭蓋内出血の家系内集積、高血圧および頭蓋内動脈瘤があげられる。頭蓋内出血の家族歴があれば頭部MRアンジオグラフィーによる頭蓋内動脈瘤のスクリーニングを行う。スクリーニングが陰性であれば、4〜5年間隔で検査を繰り返す。動脈瘤が見いだされれば、脳外科医に紹介する。頭蓋内動脈瘤を有する多発性嚢胞腎患者の自然史に関する調査結果がないので、頭蓋内出血の家族歴がない患者のスクリーニングは、一般人と同様に扱う。

3)透析の導入
表3に腎不全医療研究事業の長期透析療法適応基準を掲げる。他の疾患群と同等の基準で導入時期あるいは腎移植時期が決定される。

表3:慢性腎不全の長期透析適応基準9)
保存的治療では,改善できない慢性腎機能障害・臨床症状・日常生活能の障害を呈し,以下の3項目の合計点数が原則として,60点以上になったときに長期透析療法への導入適応とする。

腎機能

血清クレアチニン(mg/dl) クレアチニン・クリアランス(ml/min) 点数
8 以上 10未満 30
5〜8未満 10〜20未満 20
3〜5未満 20〜30未満 10

臨床症状
1. 体液貯留(全身性浮腫、高度の低蛋白血症・肺水腫)
2. 体液異常(管理不能の電解質・酸塩基平衡異常)
3. 消化器症状(悪心、嘔吐、食思不振、下痢など)
4. 循環器症状(重篤な高血圧、心不全・心包炎)
5. 神経症状(中枢・末梢神経障害、精神障害)
6. 血液異常(高度の貧血症状、出血傾向)
7. 視力障害(尿毒症性網膜症、糖尿病性網膜症)

これら1-7小項目のうち3項目以上のものを高度(30点)、2項目を中等度(20点)、1項目を軽度(10点)とする。

日常生活障害度
  尿毒症症状のため起床できないものを高度(30点)
  日常生活が著しく制限されるものを中等度(20点)
  通勤・通学あるいは家庭内労働が困難となった場合を軽度(10点)とする。

ただし、年少者 (1O歳以下)、高年者(65歳以上)あるいは高度な全身性血管障害を合併する場合、全身状態が著しく障害された場合などはそれぞれ1O点加算すること。

腹部膨満、感染、出血
腹部膨満によって患者の苦痛が強い場合、あるいは腎の感染・出血が保存的治療で対処できない場合に、腎摘除術(腹腔鏡下あるいは開創術として)、腹腔鏡下嚢胞摘除術、嚢胞穿刺術(硬化療法の併用を含む)、腎動脈塞栓術、が選択肢となる。肝嚢胞が原因の場合には、肝嚢胞切除術、肝切除術も考慮する。

 

【8】説明

1)遺伝子
常染色体優性多発性嚢胞腎の原因遺伝子には、PKD1遺伝子とPKD2遺伝子がある1、2)。PKD1遺伝子とPKD2遺伝子に連鎖しない家系も存在するが、PKD3の存在は証明されていない。

@ 遺伝子異常
ADPKDではその責任遺伝子である2つの遺伝子(PKD1とPKD2)のうちどちらか1つの遺伝子に異常が認められる。PKD1遺伝子は第16番染色体短腕に、PKD2遺伝子は第4番染色体長腕上に存在する。PKD1蛋白であるポリシスチン1は、細胞・細胞間あるいは細胞と細胞外マトリックス間で働く膜貫通蛋白で、細胞増殖や細胞内シグナル伝達などに関与していると推定されている。PKD2蛋白であるポリシスチン2はカルシウムイオンチャンネルに類似し、ポリシスチン1と共同してイオンチャンネルとして機能するといわれている。
 ADPKDの発症には患者の親から受け継いだ変異したPKD1あるいはPKD2遺伝子(胚細胞)に加えて、体細胞においてもう一方の正常な遺伝子(対立遺伝子)の変異が生じ、癌抑制遺伝子に認められるような、二段階発生が起きているとされている3)。

A 遺伝子異常と病態との関係
ポリシスチン1、ポリシスチン2のいずれかの蛋白機能が失われて、嚢胞が形成されると考えられているが、その形成機序に関しては、現在のところ推測の域を出ない。PKD2へ連鎖する家系の方がPKD1へ連鎖する家系よりも予後が良好という報告もあるが4)、同じ遺伝子異常を持つはずの同一家系内でも予後がさまざまであることや個々の嚢胞の大きさも異なることなどを考えると、個々の症例ではPKD2の予後が良好とは限らない。

B 遺伝子診断
遺伝子診断には、直接DNAの変異を検出する直接遺伝子診断と家系連鎖解析による間接遺伝子診断がある。直接診断はPKD遺伝子の大きさやその構造の複雑さなどに起因する経済的・時間的・技術的な問題などから現実的には困難なこと、また超音波検査などにより嚢胞が容易に確認できることなどを考慮すると、現在遺伝子診断の意義は小さいと思われる。間接診断では、十分解析ができるのに必要な家族構成員のDNA試料が必要であり、かつその判定には慎重を要する。

2) 疫学
PKD1は80〜90%を占め、残りがPKD2 である5、6)。病院での死亡者の剖検では、ADPKDは300〜500人に一人見出される19)。医療機関を受療しているADPKD患者数は、人口2,000〜4,000人に1人という頻度である7)。

3)検査所見

@ 血液一般検査:腎機能低下のある患者では血清クレアチニン値の上昇を認める。肝機能は正常であることが多い。貧血は腎不全の程度に応じて認められる。

A 沈渣所見:血尿、膿尿、蛋白尿を認めることが多い。

B 腎機能検査:24時間(ないしは一定時間)の蓄尿により、クレアチニン・クリアランス、尿蛋白定量、尿中N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼ(NAG)、尿中β2ーマイクログロブリン値など尿細管逸脱酵素量、および食塩摂取量の測定を定期的に行う。腎機能は、正常か、種々の程度に低下している。

C 画像診断:腹部超音波断層法(エコー)、CTにより、腎臓の嚢胞の程度、腎臓の大きさ、腎結石の有無、肝臓、膵臓、脾臓、卵巣の嚢胞性疾患の有無、胆管系の拡張の有無、大動脈瘤の有無を検討する。心エコーにより弁の機能的異常(逆流)の評価を行う。頭部MRI、MRアンジオグラフィーにより、頭蓋内動脈瘤の有無を診断する。大腸憩室を疑う症状があれば注腸造影、大腸ファイバースコピーにより検索する。

D 血圧:腎機能が正常であっても上昇していることが多い。

E 心電図:通常異常は認めない。

4)病状・症状・治療

@ 腎機能
ADPKDの腎機能の予後は、PKD2のほうがより軽度であるとされている4)。しかし、PKD1に連鎖していることが証明されている家系でも、症状が軽度なものもあり、同じ家系内でも症状の程度は異なる。進行性腎障害調査研究班の腎機能予後調査(図1)より7)、例えば55-59歳の患者のうち43%が終末期腎不全と解釈できる。70歳まで生存したとすれば、約50%の患者が終末期腎不全に陥ることになる。一般の腎不全治療に関して、低蛋白食が提唱されているが、低蛋白食がADPKDの腎機能に及ぼす効果は極軽度か無いとする報告が多い8)。

図1

A 透析療法
終末期腎不全になれば、クレアチニン・クリアランス、臨床症状、日常生活障害度を基準にして透析導入療法の導入適応を決める(表3)9)。
血液透析と腹膜透析(CAPD)の選択について、ADPKDでは腫大した腎臓により腹腔内スペースが狭いこと、ヘルニアや腸管憩室の炎症、穿孔の頻度が高いとされることにより、CAPDに適さないと考えられるが、実際のCAPD施行成績は他の原因疾患群との間に大きな差違は認められていない10)。
血液透析治療においてADPKDと他の原因疾患の間に、透析時間、検査成績、透析効率などに相違はないが、ADPKD患者ではエリスロポエチンを使用しなくてもヘマトクリット値が維持される傾向がある11,12)。
日本透析医学会の2000年統計調査委員会の報告によれば12)、本邦での慢性透析症例は206134人である。年間の新規導入患者の原疾患分類ではADPKD症例は2.4%で761人が導入されており、平均年齢は59.7歳であった。2000年度末におけるADPKD透析患者総数は6404人で全体に占める割合は3.1%である。
長期予後は比較的良好である。1983年以降導入患者17年生存率は0.365で全平均0.283より高い。主要な死亡原因を表4に示す。特徴的な点は、心不全が低く(貧血が軽度な為と考えられる)脳出血障害が高率である点である。

表4:1983年以降透析導入患者死亡原因分類表29)(単位:%)

心不全
脳出血障害
感染症
出血
悪性腫瘍
心筋梗塞
ADPKD
全症例
21.1
12.7
22.6
12.7
12.6
13.1
3.2
3.2
6.2
7.2
5.9
6.7



B 高血圧
高血圧は約60%に認められる13、14)。正常血圧者では腎機能が悪化する頻度が低い。高血圧がある場合には、まず減塩食を指導する。血圧のコントロールについては腎機能の悪化に関して効果が得られなかったとする報告と8)、悪化を防止する効果があったとする報告があるが15、16)、高血圧は頭蓋内出血の危険因子であるため、一般患者と同様に高血圧の治療は重要である。降圧目標は、日本高血圧学会高血圧治療ガイドラインに従って130/85mmHg未満が妥当である。
 ADPKDにおいて、ACE阻害剤で尿中アルブミンが減少し、左室負荷が緩和されたという報告がある15)。アンギオテンシンII受容体阻害剤の有用性についての報告はなく、現在厚生労働省特定疾患進行性腎障害調査研究班で検討中である。

C  頭蓋内出血、頭蓋内動脈瘤
 約8%のADPKD患者に頭蓋内出血の既往がある17)。一般人より約3倍ほど有意に高い頻度である。頭蓋内出血の危険因子として頭蓋内動脈瘤と高血圧、家族内集積がある。頭蓋内動脈瘤の発生頻度は高く、0〜41%が報告されている18)。剖検結果では、22.5%に頭蓋内動脈瘤を認めている19)。MRアンギオグラフィーでは、10%〜11.7%に頭蓋内動脈瘤を認めている20、21)。これは一般人口中に同様の方法で見出される頻度1-7%より高い22)。見いだされる脳動脈瘤の大きさは比較的小さく、殆どは10mm以下である。頭蓋内動脈瘤は家族的に集積する傾向が認められる。また、30歳以下では、MR血管造影では見いだされないことが多い23)。

a. 出血原因
ADPKDに於いて、脳内出血が合併率、直接死因ともくも膜下出血を上回っている25)。ADPKD患者の頭蓋内出血例11例中、脳動脈瘤の破裂によるものは3例のみで、10例で高血圧が原因であり、出血部位では、高血圧性脳内出血の好発部位である被殻および視床におおいとの報告がある26)。ADPKD患者に脳内出血が発生する要因としては、脳動脈瘤の破裂により脳内出血がおこることも稀にあるが、多くは、コラーゲンやエラスチンの分子レベルの異常により先天的に血管壁の脆弱性がおこり、これに高血圧が長期的に加わることで、微小動脈瘤や脂肪硝子様変性が生じ、さらに高血圧が加わり発生するとされる24)。

b. 病態
脳内出血の病態は、血腫の局在により発生する神経脱落症状は異なるものの、基本的には頭蓋内圧亢進を生じ、重症では脳ヘルニアをきたす。出血量に応じて頭蓋内圧が上昇し、さらに破壊された脳実質周囲の浮腫により体積を増すほか、脳室内出血の合併をみれば髄液循環障害による急性水頭症がおこり、脳の二次的損傷を助長する24)。

c. 治療
治療の適応は1978年の脳卒中の外科研究会による神経学的重症度を基準にして検討する26)。脳内出血は、脳実質の破壊性病変であるため、外科的治療は不必要という見解もあり、個々の症例において、年齢、全身状態、腎疾患の長期予後などを考え選択する必要がある。ADPKD患者においては腎機能障害、透析、出血傾向などの危険因子が存在するため、基本的には内科的治療を第一選択とすることが多い。透析患者の脳浮腫は透析前の循環血液量が多い時期には急速に悪化する事があり、注意が必要である。
脳内出血急性期の外科的治療の目的は脳実質損傷進展の防止と頭蓋内圧亢進の制御である。頭蓋内圧の制御が可能であれば内科的治療を優先させる。すなわち急性期、特に発症24時間以内は脳内出血拡大防止のため厳重な血圧管理を行う。高血圧性脳内出血の急性期増大例の多くは発症12-24時間の血圧管理不良例に見られること、再出血による脳実質損傷は降圧による脳灌流圧低下で生じた循環障害よりはるかに患者に不利益であり、発症直後の高血圧は緊急降圧の絶対適応である。
血圧管理と併行して呼吸管理も行い、重症の場合は気管内挿管を行う。頭蓋内圧亢進が著しい場合は呼吸管理で過換気にし、血中二酸化炭素濃度を低下させることにより頭蓋内圧をコントロールすることも選択肢となる。脳浮腫による頭蓋内圧亢進に対しては、グリセオールやマンニトールを使用するが、マンニトールは作用の持続時間が短く、水・電解質異常や、投与後のリバウンド現象をきたしやすく、さらに腎より排泄されるため、腎機能障害のあるADPKD患者においては、グリセオールの使用が好ましいと思われる。

D  その他の異常

a. 嚢胞など
肝臓、膵臓、脾臓、子宮、卵巣、精巣、精嚢の嚢胞、大腸憩室、鼠径ヘルニア、総胆管拡張等が知られている。肝嚢胞の頻度は女性に高い(男60〜70%、女約80%)。経産婦では、肝嚢胞の程度が厳しくなる17)。肝嚢胞による肝機能障害は一般にないが、圧迫症状が問題となる。

b. 嚢胞に対する積極的治療
腎嚢胞の穿刺や、手術による嚢胞の開窓は、腎機能低下の進行を防止しないので、その目的のためには行うべきではない。疼痛や、圧迫症状、感染の原因になっている嚢胞が特定できる場合には、穿刺・吸引してアルコール固定やミノサイクリンを注入することが行われる。また、これらの症状が強い場合には、腎摘除も適応となるが、その場合には透析患者では水分の管理が困難になり、貧血等の症状が進行する点を理解してもらう必要がある。両側腎動脈塞栓術の成績は良好であり、有効な治療手段として提唱されている27)。透析になっていない患者の腎摘除、腎動脈塞栓術は、特殊な場合を除き一般に適応ではない。
肝嚢胞の切除術は手術の危険性もあるので、60歳未満、腎機能が比較的良好で、肝機能障害のない患者を対象に慎重に選択する。

c. 心臓の異常
左室肥大の頻度が高く28)、僧帽弁の逆流は約20%に、大動脈弁の逆流は10%に認められる29)。この逆流は高血圧のために引き起こされたものではない。

d. 尿路結石
症状を有する腎結石の合併する頻度は17.5〜20%と報告されている30)。発生機序として嚢胞による尿路閉塞、遠位尿細管の尿酸性化能障害、低クエン酸尿症、アンモニア転送障害による尿pHの低下、低マグネシウム尿症等が関与し、主として蓚酸カルシウム結石、尿酸結石を形成する。
通常患者と同じく体外衝撃波砕石術(ESWL)や内視鏡による治療が適応になる31)。

e. 血尿

画像診断、尿細胞診等で悪性腫瘍が否定されれば、一般的に保存的に対処する。高度の出血を伴う場合には、デスモプレッシン投与32)、腎塞栓術、腎摘除術が考慮される。

f. 大腸憩室
大腸憩室は加齢とともに増えるが、透析中のADPKD患者では非ADPKD患者よりも頻度が高く、その合併症も多いとされるが、否定する報告もある33)。ADPKD症例では大腸憩室炎が腸管穿孔を引き起こす事が多いので、腎移植前の大腸スクリーニング検査が奨められる。発熱を伴う腹痛は嚢胞感染だけではなく大腸憩室破裂の可能性を念頭に置く。また、CAPDを行う前にも大腸憩室の検索が奨められ、CAPD中には腸管穿孔を来しても症状が出にくいので、複数のグラム陰性桿菌や嫌気性菌が検出された時は腸管穿孔を疑う。

g. 感染症

ADPKD患者の50-70%が尿路感染を経験している。感染症の特徴は易感染性、複雑性、難治性にある。原因は嚢胞が細菌の温床となる死腔様空間を形成する点、嚢胞出血、嚢胞の圧迫による尿路通過障害、結石などが感染を複雑化、難治化する要因となっている。腎感染には腎盂腎炎と嚢胞感染がある。症状は、発熱、痛み(腹痛もしくは腰痛)である。膿尿のみでは尿路感染と診断できない34)。腎盂腎炎と嚢胞感染は単発あるいは併発の場合がある。腎盂腎炎だけの場合は比較的早く抗生剤に反応するが、嚢胞感染の場合は治療抵抗性となる。画像診断で出血性嚢胞と鑑別困難であるが、進行すると嚢胞壁の肥厚・嚢胞の腫大・周囲の炎症所見などで部位の特定が可能になる35)。 [67Ga]-シンチグラムや[111I]-白血球シンチグラムが感染部位同定に有用との報告もある36)。
治療は、グラム陰性桿菌に感受性のあるペニシリン系、セフェム系やアミノグリコシドなどの抗生剤で治療効果を認めるが、効果が認められない場合は、細菌の感受性に応じて脂溶性のニューキノロン系薬剤(特にシプロフロキサシンが嚢胞移行性がよいとされる)、エリスロマシシン、テトラサイクリン、トリメトプリム(商品名バクタ合剤に含まれる)、クリンダマイシンなどの使用が奨められる66)。抗菌剤の投与は発熱や疼痛が改善し、CRPが正常になった以後も長期(4-6週、再発した場合は3ヶ月以上)の投薬を奨める報告もある34)。
投薬による保存的治療が奏効しない場合は、感染嚢胞の穿刺ドレナージや感染腎の腎摘除など積極的治療が必要となる35)。
肝嚢胞感染ではシプロフロキサシンは透過性がよいが、クロラムフェニコールは透過性が劣るなど腎嚢胞で透過性がよいとされる薬が必ずしも肝嚢胞でも透過性がよいとは限らない点も注意する必要がある。

5)家庭における注意点
健康なライフスタイル、適度な運動が奨められる。高血圧がある場合には、塩分制限を行い、自宅で血圧を測定し、主治医と相談の上、適切に管理していくことが望ましい。非ステロイド性消炎鎮痛薬は腎機能の低下を招くおそれがあるため、安易に服用しない。蛋白質の摂取制限が腎機能の悪化を防止するというはっきりした根拠はないが、過剰摂取は避ける方が望ましい。


文献

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厚生労働省特定疾患進行性腎障害調査研究班多発性嚢胞腎診療指針

主任研究者
堺 秀人 東海大学医学部腎代謝内科教授

分担研究者(多発性嚢胞腎分科会)
東原英二 杏林大学医学部泌尿器科教授

研究協力者(50音順)
飯野 靖彦   日本医科大学第二内科教授
香村 衡一   国立佐倉病院泌尿器科
清水 淑子   杏林大学保健学部臨床遺伝教室教授
二瓶  宏   東京女子医科大学第四内科教授
野村 信介   三重大学医学部第一内科
細谷 龍男   東京慈恵会医科大学内科教授
堀江 重郎   東京大学医学部泌尿器科講師
望月 俊雄   北海道大学医学部第二内科

診療指針作成・執筆協力者(50音順)
乳原 善文   虎ノ門病院内科
香村 衡一   国立佐倉病院泌尿器科
斉藤  勇   杏林大学医学部脳外科教授
清水 淑子   杏林大学保健学部臨床遺伝教室教授
土谷  健   東京女子医科大学第四内科
二瓶  宏   東京女子医科大学第四内科教授
奴田原紀久雄  杏林大学医学部泌尿器科助教授
野村 信介   三重大学医学部第一内科
細谷 龍男   東京慈恵会医科大学内科教授
堀江 重郎   東京大学医学部泌尿器科講師
望月 俊雄   北海道大学医学部第二内科  




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