第2章

多発性肝嚢胞の治療

北海道大学病院内科II診療准教授 西尾妙織

1.多発性肝嚢胞とは

多発性肝嚢胞は、20個以上の嚢胞が肝に多数生じる病気と定義され、肝嚢胞単独で認められる多発性肝嚢胞(PCLD; Isolated Polycystic Liver Disease)と常染色体優性多発嚢胞腎(ADPKD; Autosomal Dominant Polycystic Kidney Disease)の腎外病変に分類される。PCLDは158,000人に1人の割合でみられる。また、ADPKDは最も多い遺伝性腎疾患であり、1,000人~2,000人に1人の割合でみられ、肝嚢胞はADPKD患者において15~24歳で58%、25~34歳で85%、35~46歳で94%に認められる。多くは無症状だが、有症状の79.4~94.7%が女性にあるとされる。

肝嚢胞は時間が経つにつれ徐々に大きくなり、進行すると腫大した肝により消化管(胃、腸)が圧迫され、食物の通過障害や消化不良などの消化器症状を生じる。栄養障害によって腹部は大きくせり出すが、四肢が極端にやせ細ったり、腰痛、背部痛が出現、さらに進行すると体動制限による日常生活動作(ADL; Activities of Daily Living)低下、肺や心臓の圧迫による呼吸障害を生じることもある。

2.多発肝嚢胞の治療

多発肝嚢胞の治療として、嚢胞穿刺吸引、嚢胞開窓術、外科的肝切除が施行されてきた。嚢胞穿刺吸引は簡易だが、硬化療法を併用しても再発率が非常に高く根治的ではない。

嚢胞開窓術は外科的治療の中では最も侵襲が少なく、嚢胞が肝表面に存在する場合に特に有用である。近年は腹腔鏡下での施行例が増加してきており、開腹術に比べ遜色のない治療効果と低侵襲性のため普及が進んでいるが、視野がとりづらい、あるいはアプローチ困難な部位に嚢胞が存在する症例では適応となりにくい。また再発率は20~72%と多く、合併症は腹水が主でその他に出血、胆汁漏などがあり、その発生率は33~69%と報告されている。

外科的肝切除は有効な治療法ではあるが、手術難易度が高く合併症が多いと報告されている。再発率は3~34%であり、合併症は腹水、胸水、胆汁漏、出血、創感染などがあり、20~83%と高い発生率が報告されており、わが国ではあまり行われていない。

肝移植は唯一根治的な治療だが、ドナー不足等により移植を受けられない患者さんが多数存在する。

この様に外科的治療が困難な症例が多い中、2004年に乳原らが腫大した多発性肝嚢胞に対して、肝動脈を金属コイルで塞栓し、嚢胞の縮小と臨床症状が改善した症例を報告した。肝嚢胞では嚢胞血流のほとんどが肝動脈由来で、門脈による供給がみられないことから、肝動脈を塞栓しても大きな合併症は起こらない。現在まで多くの症例に対して金属コイルを用いた肝動脈塞栓治療は行われており、有効であることが示されている。しかしながら、この治療では数十本の金属コイルを使用し、高額な治療となるため、東京などでは保険適応とされているが、コイルの費用が自費となる地域もあることが問題となっている。また、金属コイルによる塞栓は、末梢領域の細かな血管に対する阻血効果が低く、塞栓後の再開通も生じ、それによって一度縮小した肝嚢胞は再増大することがある。一度金属コイルで治療を行った場合には使用したコイルが生涯その血管内にとどまるために、新たな金属コイルを再挿入することができない。つまり、再治療ができないため、再発した場合には外科的肝切除や肝移植などの外科的な治療法を選択せざるを得ないが、栄養状態や全身状態が不良のため困難な事が多い。よって治療効果が長期に持続し、更に再発時に繰り返して治療ができる塞栓物質を用いた治療が必要である。

肝動脈に使用可能で、末梢血管まで確実に塞栓効果が得られる塞栓物質としては、球状塞栓物質{ポリビニルアルコール(PVA; Polyvinyl Alcohol)、beads(Bead BlockTM 他)、Trisacryl gelatin microspheres(EmbosphereTM 他)、Polyphosphazene-coated hydrogel microspheres(EmbozeneTM 他)}が挙げられる。多発性嚢胞腎に対しては、コイル、エタノール、PVAを用いた報告があり、いずれも良好な縮小効果を示している。しかし、エタノールは組織障害が強く、肝動脈に使用した場合は肝実質に重篤な障害を生じる可能性があり、合併症が懸念される。対して、PVAなど球状塞栓物質は、肝腫瘍に対する塞栓術で広く使用されており、より安全であると考えられる。しかし、いずれの塞栓物質も嚢胞性疾患(多発性肝嚢胞及び多発性嚢胞腎)に対する保険適応はない。

私たちは球状塞栓物質の一つであるエンボスフィアTMを肝嚢胞の治療に用いることができないかと考えた。エンボスフィアは、ブタゼラチンを含浸およびコーティングしたアクリル系共重合体からなる非吸水性のマイクロスフィアで、カテーテルを用いて血管内に留置し、血流を遮断することを目的に使用される血管塞栓用マイクロスフィアである。欧州では1997年に、米国では2000年に承認された塞栓物質で、適応疾患は動静脈奇形、多血性腫瘍、子宮筋腫である。日本では、2013年6月に「多血性腫瘍又は動静脈奇形を有する患者に対する動脈塞栓療法」の適応が得られている。私たちは多発性肝嚢胞の患者(5例)に対してエンボスフィアを用いて肝動脈塞栓療法を行う自主臨床試験を行い安全性に問題ないことを確認し、かつ肝嚢胞や肝容積の縮小と腹部膨満などの自覚症状の改善を確認した。また、すでに金属コイルで塞栓治療を行った患者においても再治療が可能である事も確認した。そこで、エンボスフィアTMが多発性肝嚢胞の保険適応を得ることを目的に現在北海道大学病院を中心に大阪大学、新潟大学、帝京大学、東京女子医科大学、順天堂大学の5施設で医師主導治験を行っている。この治験の最終目標は肝嚢胞のみならず、嚢胞腎に対してもエンボスフィアTMが保険適応を得ることである。一日も早く保険適応を獲得し、治療の選択肢の一つとなるよう邁進したい。

Contents

第1章
KDIGO ADPKDコントロバーシーカンファレンス報告
<KDIGO ADPKDガイドライン作成の序章>
板橋中央総合病院腎臓内科副院長 塚本雄介(腎臓ネット)
第2章
多発性嚢胞肝の治療
北海道大学病院内科II診療准教授 西尾妙織
付録:患者家族を対象とした特集
<多発性嚢胞腎とは?―病気の意味と診断、治療法のすべて>

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