第2章:慢性腎臓病患者における腎性貧血治療ガイドライン

ガイドラインの元となった日本発のエビデンス

大阪大学大学院医学系研究科腎疾患統合医療学 濱野高行

1.はじめに

2008年の日本の腎性貧血ガイドラインでは、フェリチン値<100ng/mLかつトランスフェリン飽和度(TSAT) <20%の場合のみに鉄の補充が推奨され、さらに、補充は静注で13回までとなっていた。しかし、ここまで鉄が極度に枯渇している状態で、特に静注で鉄を投与すると急激にヘモグロビン(Hb)値が上昇する。その結果、あわてて赤血球造血刺激剤(ESA)の投与量を減じる。

このESAを減じるという診療姿勢だけによっても、neocytolysisなどの機序でフェリチンが上昇するが、鉄を投与しているのでフェリチン値は100ng/mLを容易に超え、すぐに鉄投与を中止せざるをえない。結果的にESAを減じて、鉄投与を止めるので今度は急激にHb値が下がる。つまり鉄枯渇状態のみの時に鉄を投与するという診療姿勢こそがESAの増減を1年間で頻繁にさせ、結果としてHbサイクリングを招く【図1】

そうではなく枯渇する前に、フェリチン値<100ng/mLまたはTSAT<20%程度で継続的に、透析で失われる鉄分を経口投与すれば、フェリチン値は一定に保たれ、ESAの投与量は安定する。実際bolus投与より継続的な少量投与の方が感染症発症のリスクが低いことが確認されている1)

*neocytolysis (血中 EPO濃度が急激に低下することで 骨髄から放出されてまもない若い赤血球のアポトーシスが誘発される現象)

図1:鉄に対する保守的姿勢自体がヘモグロビン(Hb)サイクリングを招く(著者作成)

【説明】 2008年ガイドラインに沿って鉄が本当に枯渇するまで鉄を投与しないと、鉄を投与した時の急峻なHb値の増加は避けられない。

2.フェリチンのマーカーとしての危うさ

まず現在臨床の現場で簡易に評価できる鉄のマーカーは貯蔵鉄を評価するフェリチン値と末梢のトランスフェリン飽和率のTSATである。ESAを使う時代になってからは、特にlong-acting ESA使用により肝臓などの鉄が末梢に容易に誘導されるようになったので、フェリチン値が肝臓の貯蔵鉄量を反映しないという報告も散見される2)

静注製剤を投与して一時的に血清フェリチン値は高値を示すので、カナダのガイドラインでも最終投与から最低でも1週間あけて評価するべきと書かれている3)

ESAの投与量が下がると、つまりESAの効果が切れるだけでフェリチン値が上がることもわかっている。たとえば、CERAを月に一度打つのと、量を半分にして2週に一度投与するのとを比較すれば、後者ではフェリチン値が持続的に低く維持されるが、CERAの赤芽球への効果(造血効果)は2週程度で切れるので、前者では4週目には再度フェリチン値が上昇してくる4)

また古くは、ペルーでの臨床研究で、海抜4000mから平地に下るとフェリチン値が上がる5)

これは高地にいる時は内因性EPOが高かったが、平地に戻ると急激に酸素飽和度が高くなるのでEPOが急激に下がり、幼弱な赤血球だけが潰れる、いわゆる“neocytolysis”によってフェリチン値が上昇することがわかっている。実際平地に戻る時に同時にESAを投与しておくとフェリチン値は上昇しない。

ESAの中止、あるいはESAの効果が切れるとフェリチンが上昇するのもneocytolysisの関与があると考えられる。いずれにせよ、フェリチン値はあまりにもいろいろな要素から影響を受けるので、鉄投与量のsurrogate markerとしては限界が多い。

3.日本からのエビデンス

我々は日本透析医学会の統計調査のデータを用いて、142,339名の透析歴1年以上かつ週3回の血液透析患者(HDFを含む)について鉄マーカーとHb値あるいはESA抵抗指数(ERI)との関連を横断研究によって解析した6)

まずHb値と鉄マーカーの関連であるが、フェリチン値が100ng/mL以上未満を問わず、TSAT<20%未満でHb値は急激に下がる【図2下】。これはESAの種類を問わず成立した関連である。

フェリチン値を銀行の預金残高、TSATをすぐに使うことのできる財布のお金に例えるならば、いくら銀行口座の預金残高があろうが、財布に十分なお金がなければ、造血には鉄を使えないということになる。この結果はフェリチン値の多寡を問わず、TSAT<20%であれば、鉄を入れることで貧血が改善するかもしれないことを示唆する。

実際、このことは欧米の介入研究で機能性鉄欠乏であっても鉄を投与すれば貧血が改善することで証明されている。

またフェリチン値とHb値との関連【図2上】は、TSATが20%以上か未満かでかなり変わる。TSATが20%以上であれば、フェリチン値が50-100 ng/mLのあたりで微小なピークを示すものの、フェリチン値とHb値との関連はほとんどフラットになり、血清フェリチン値の鉄マーカーとしての脆弱さが明瞭にみてとれる。

一方、TSATが20%未満では、フェリチン値は50 ng/mL程度でHb値は最大値となり、これ以上のフェリチン値ではむしろHb値は低下を見る。これはおそらく血清フェリチン値が炎症を反映している故に、慢性炎症による貧血を示しているに過ぎない。鉄マーカーが上昇するにも関わらずHb値が低下しているという事実は、またしてもフェリチン値は高いところでは使えないという鉄マーカーとしての欠陥をさらしている。

おそらくフェリチン値が50 ng/mL以上のところでは、炎症がフェリチン値に影響していることを間接的に示しているのだろう。これらの結果を見ると、TSATの方がフェリチン値より鉄欠乏による貧血を見抜くには優っていることが示唆される。

次にESA抵抗性指数(ERI)と鉄マーカーの関連を【図3】に示す。【図3下】に見るがごとく、フェリチンの多寡に関わらず、TSATが30から40%までは、TSATが高いほどERIは低下する。つまりESAが効きやすくなる。ここでTSAT<20%未満の時にだけ、フェリチン値が100未満の方が以上よりもESA抵抗性が高い、つまりESAが効きにくいことが見て取れる。しかし、TSAT>20%では、もはやフェリチンが100以上でも未満でもERIには差がなく、TSAT>20%の時のフェリチンの鉄マーカーとしての脆弱性が際立つ。

さきの銀行口座の預金残高と財布のお金に例えれば、財布のお金があれば(TSAT>20%ならば)、銀行口座の預金残高(フェリチン値)は重要でない。しかし、銀行口座の預金残高が重要なのは、財布にお金がないときだけ、ということになる。また【図3上】に見るがごとく、血清フェリチン値とERIとの関連はU字であり、その底はESAの種類にもよるがフェリチン値が100から200程度となっている。

フェリチン値が高い時にERIが大きくなるのはまたしても炎症の影響を血清フェリチン値で見ているのであろう。CRPでこの結果は補正しているが、フェリチン値に残った残余交絡である(つまりCRPには反映されていないがフェリチン値に反映されている炎症の影響)。TSATが20%以上の時はU字が浅くなっており、フェリチン値とERIの関連はフラットに近い。

まとめるとHb値との関係においても、ERIとの関連においてもTSAT>20%の時におけるフェリチン値の鉄マーカーとしての限界が明らかになった。これらの解析と、欧米のFAIR-HR研究において、機能性鉄欠乏における鉄投与がアウトカムを改善したことも考えに入れると、フェリチン値の多寡に関わらずTSAT<20%であれば、鉄を投与すべきだろう。

ただし、フェリチン値が300以上の症例では、おそらくは炎症が強く鉄利用障害があるので、投与を安易にするべきでないだろう。またTSAT>20%でもフェリチンが100-200 ng/mLでERIが最低値をとることを考えれば、ESAを使っている場合にはフェリチン値100未満で鉄を補うことにも合理性がある。よって、血清フェリチン値100 ng/mL未満「または」TSAT<20%では、鉄を補うことを提案する、というガイドラインとなった。

ただし、フェリチン値が100 ng/mL以上でTSAT<20%の時は、鉄の囲い込みが生じているので、鉄利用障害を起こしている原因は突き止め、たとえば感染症などそれが対処できる場合にはその原因を取り除く必要がある。

フェリチン値とTSATそして本稿で述べた造血との関連は【図4】にまとめる。この図のように患者によってTSATを20%に保てるフェリチンの値は違っている。よって一概にフェリチンの目標値を決定することはできない。

欧米人では、フェリチン値を500 ng/mL以上にしないとTSAT>20%を保てないのは、そもそもCRPが欧米人では日本人の三倍以上高いからである。著しく高いフェリチン値でないとTSAT20%を保てない場合は、ESAシグナルが入らない骨髄異形成症候群や癌の合併、あるいは感染症を考え、原因を調べることが肝要である。

図2:ESA種類別のHb値とTSAT, フェリチン値の関連

【説明】 上の図はTSATが20%以上と未満での層別解析、下の図はフェリチン値100以上、未満での層別解析結果で、年齡, 性, 透析歴, 糖尿病, BMI, Alb, CRP, PTHで補正したものである。各曲線の幅は、95%信頼区間を示している。
(文献6から改変して引用)

図3:ESA種類別のESA抵抗性指数(ERI)の自然対数とTSAT, フェリチン値の関連

【説明】 上の図はTSAT20%以上と未満での層別解析、下の図はフェリチン値100以上、未満での層別解析結果で、年齡, 性, 透析歴, 糖尿病, BMI, Alb, CRP, PTHで補正したものである。各曲線の幅は、95%信頼区間を示している。
(文献6から改変して引用)

図4:TSAT 20% を保つのに必要なフェリチン値のレベルは人それぞれ(著者作成)

【説明】 TSATが20%以下になると、フェリチン値やCRPの値に関わらずHb値は低下する。しかし、TSAT20%を保つのに必要なフェリチン値は患者によって異なり、炎症やESA不足がなければ、フェリチン値が70 ng/mLでもTSAT20%を保てるが、炎症などがあるとフェリチン値が200ng/mL程度ないとTSAT20%を保てない患者もいる。

4.おわりに

多くの議論の後に2015年版腎性貧血ガイドラインが確定された。その中で、鉄利用率を低下させる病態が認められない場合には、という条件付きながらも、血清フェリチン値<100 ng/mLまたはTSAT<20%で鉄補充を提案する、と記載された。では、鉄利用率が低下しているような典型的な病態であるフェリチン値>300 ng/mLかつTSAT<20%のような患者はどれだけ日本の透析患者に存在するのだろうか?統計調査の結果からは、わずか1.6%に過ぎなかったことは特記すべきことである。

日本においては欧米と違ってカテーテルで透析する患者は少なく、人種的にCRPが低い集団だからだ。経口鉄はREVOKE試験で確認されたように静注鉄に比べて遥かに安全であり、フェリチン値はアッセイによって著しく違った値になることも勘案すれば、経口鉄投与の場合には、多くのRCTが示すように「フェリチン<100ng/mLまたはTSAT<20%」に鉄補充の基準を緩和しても問題ないと考える。このガイドラインの改訂が、鉄欠乏患者の減少に資することを心から祈る。

文献

  1. Brookhart MA, Freburger JK, Ellis AR, et al. Infection risk with bolus versus maintenance iron supplementation in hemodialysis patients. J Am Soc Nephrol. 2013 Jun;24(7):1151-8.
  2. Ferrari P, Kulkarni H, Dheda S, et al. Serum iron markers are inadequate for guiding iron repletion in chronic kidney disease. Clin J Am Soc Nephrol. 2011 Jan;6(1):77-83.
  3. Moist LM, Troyanov S, White CT, et al. Canadian Society of Nephrology commentary on the 2012 KDIGO Clinical Practice Guideline for Anemia in CKD. Am J Kidney Dis. 2013 Nov;62(5):860-73.
  4. Morikami Y, Fujimori A, Okada S, Kumei M, Mizobuchi N, Sakai M. Comparison of 2-week versus 4-week dosing intervals of epoetin beta pegol on erythropoiesis and iron metabolism in hemodialysis patients. Ther Apher Dial. 2014 Oct;18(5):414-20.
  5. Rice L, Ruiz W, Driscoll T, Whitley CE, Tapia R, Hachey DL, Gonzales GF, Alfrey CP. Neocytolysis on descent from altitude: a newly recognized mechanism for the control of red cell mass. Ann Intern Med. 2001 Apr 17;134(8):652-6.
  6. Hamano T, Fujii N, Hayashi T, et al. Thresholds of Iron Markers for Iron Deficiency Erythropoiesis----Finding of The Japanese Nation-wide Dialysis Registry Kidney Int Suppl (2011). 2015 Jun;5(1):23-32.

Contents

第1章
2015年版における修正点と継承した推奨
厚木市立病院院長 山本裕康
第2章
ガイドラインの元となった日本発のエビデンス
大阪大学大学院医学研究科腎疾患統合医療学准教授 濱野高行
第3章
KDIGOガイドラインとの相違点
IMS板橋中央総合病院副院長 塚本雄介(腎臓ネット)

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